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2009年2月

2009年2月23日 (月)

日経日曜記事の欺瞞(高齢者への負担増)

 この記事は2002年以降の税制改正等によって高齢者への負担が急増したという造作が元になっている。記事の内容にウソはないようだ。社労士や税理士にも関与させているから、数年前のヘボ記事に比べれば正確性は高くなっている、と言える。

 問題は対象となる夫婦が相応しいのかどうかということだ。実際に取材したかどうかは知らないが、対象となった夫婦の年金収入は二人で300万となっているから、平均よりは30万ほど高い感じがする。なぜそうしたのかと言えば、夫210万妻60万では昔も今も所得税がかからず、住民税もわずかで、記事の趣旨に合わないからだ。

 そこで、記事の趣旨を更に徹底するため、モデル夫婦は夫の年収300万妻70万しかも、国保保険料の高い大阪市と福岡市に居住としていた。

 これは、どう見ても変でしょう。税制改正前には300万の年金があっても(配偶者の所得がゼロのときは)所得税はかからなかった。つまり、2000年頃には妻が100万の年金で400万の収入でも税金を払っていなかったのだ。それを是正してきたのである。もちろん、納税者個人からみれば増税で負担が増えた。しかし、400万の世帯収入で税金を払わないのはおかしいというのが、今の考え方であり、このような高額所得者に負担をさせない道理などないだろう。日経の記事はこのことを捉えて、負担が増えて大変だと書いているのである。これはおかしい。

 国保料や介護料はこうした配偶者控除などの影響を受けないようにしているから、割高になる。これが高くなれば負担は増える。しかし、400万の世帯収入なら、50万の租税公課があっても楽勝である。これが70万になっても何の問題もない。つまりこのことによって高齢者の負担が増え問題が発生していると言えるのは、ほとんどいないのだ。大体、年金生活になって貯金が増えるなどと言うのは異常なのだ。多くの高齢者にとっては、「どこの世界の話しか?」という感じだろう。ところが、自分の年金の手取りも年々減っているから、この記事に影響を受けてしまい、最終的に、高齢者は虐げられているという気持だけが記憶に残るのである。

 高額所得者の問題を論じて、一般の人々の不安の背景とすることは欺瞞である。本当は現在高騰している国保保険料の問題を中心に論ずるのが筋である。

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年金破たん論は意味がない

 今回読売新聞が報じた「20年代年金破たん記事」がまたもや注目を浴びている。誰がこのことばを使ったかは知らないが、記事自体に大きな責任がある。もちろん、よく読めば「税金投入がなければ」という前提があるから間違いであるとは言えないが、破たんしてその後どうなるかについて何も考えていないで、ただ刺激的な「ことば」を使っているのが問題なのだ。ちなみに日経の記事にはそんな「ことば」はどこにもなかった。

 年金問題は将来的に問題が出てくるので、どう対処すべきか、という問題である。時間は十分にあるのである。第一、3千万人の人が受けている年金がなくなることなど実際にあるわけがない。もちろん、受給額の減額や支給開始年齢の変更などはありうるが、そのことは「年金破たん」とは言わない。マスコミの連中はどうしてもっと正確にものを言わないのか不思議である。この背後には、一定の金額を積立てそれを原資に給付しているから、積み立てたお金がなくなること=破たんという憶断が働いている。

 ところが実際の年金制度は賦課方式と言って、現役の保険料や国庫負担額を使ってそのまま年金給付するものである。本来は積立金などは不要のものだ。もちろん、実際には現在の積立金残135兆円を使いながら、保険料率を余り上げないで乗り切っていこうというのが現在の状況だが、いつまでたっても、読売のような議論がなくならない。

 現在の年金(共済含む)の収支は以下のようになっている。収入が保険料が32兆、国庫負担金7.5兆、運用収入や積立金取り崩しその他で6.5兆。支出が給付費45.5兆その他0.5兆。来年、再来年は埋蔵金から国庫負担を2.5兆程度増やし、取り崩しを減らすことになっている。 今年度の運用収入は大きなマイナスだから、積立金は10兆位減って、共済分を入れても125兆くらいになるかもしれない。給付費が増え、保険料収入が減って積立金が毎年10兆減れば、20年代初めには積立金はなくなる。ということを「年金再検討」は示しているのである。

 しかし積立金が今年のように10兆減るようなことは毎年続くことはありえない。運用によっては増える年もあるから、数十年はこのままでも問題ない。国庫負担の更なる増額を厚労省が言っているのは、それを更に数十年2100年頃までのことを考えた上でのことである。ちなみに平成16度年から18年度の運用益は15兆円、19年度にマイナス5.6兆円であった。20年度も大きなマイナスとなるが、それであっても長期の平均はプラスと考えるのが常道である。なぜなら、今年のような株価の急落がある年は何十年に一度あるかないかだからだ。もしこのことを認めないペッシミストがいて俺は年金など信用しないとしても構わないが、法律で定められた保険料は当然払うべきである。

 もちろん更なる少子化や賃金低下の影響で保険料収入が減っていくこともある。その場合は対策が必要だが、今回の「再検討」の出生率が高すぎるとか平均運用利率が高すぎるとか言って批判するだけでは生産的でない。もちろん、こういう数字が政治家の妙な圧力で決められるとすれば問題だが、将来のことは簡単に予測はできないので、どれが正しいとも言い難い、と思われる。

 2004年の年金改革では100年後には積立金はゼロになるとしている。それでは、その年には年金は破たんするのであろうか?そうではなく、厚労省は保険料と国庫負担で給付額を賄うとしているのである。そのことを読売の記事は理解していないことになる。そういう意味で、こうした「破たん論議」には意味が見いだせないし、出生率や運用率が悪化すれば給付の更なる削減は当然ということを前提で言えば、そうしたことばを使うことは「無用な不安」を呼ぶだけといえるだろう。

 

 

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2009年2月18日 (水)

無年金者問題

 毎日新聞の野倉記者の記事はなかなか信頼がおける。しかし2/17の記事は、加入期間が10年以上あるのに、無年金者になっている恐れがある人たちが27万人いるという見出しに強いインパクトがあり、ちょっといただけない感じがした。

 加入期間25年の問題が議論されることが多いのはわかるが、この問題には直接関係はない。問われるべきは、これらの記録が未結合になっている結果、無年金になってしまっている人がどれだけいるか、ということだけである。特に厚生年金に10年入っていて、国民年金に15年という場合では、国民年金が紛れていると、厚生年金も貰えていないわけだから、被害が大きい。しかし、未結合が10年未満でも、そのこと故に無年金になっている人もいるだろうから、10年で区切る意味はない。

 現在高齢者(65歳以上)の無年金者は40万人程度らしい。今後、増加が予測されるから問題になっているが、25年の期間を問題にするほどのことはない、と考えたい。第一、10年で加入期間が満たされるとしても、それを受給する人たちにとって、大きな支えとなるとは思われず、払った保険料が無駄でなかったという自己満足にしかならないだろう。無年金者問題の解決のための助けには全くならない。そういう自己満足より、自らの老後をどのようにマネージするかという個人の意志が大事である。そういう意志は40歳以降に芽生え、できるだけ多い年金をもらう努力をするということにつながるのであり、そういう意味では、現在の制度を維持した方がよいのである。

 また私の提唱している「希望の20歳台計画」で10年間の年金加入が保証されれば、アト15年保険料を払おうとする人が増加するのは間違いないから、将来の無年金者対策にもなる。経団連は消費税を財源とする社会保障の充実を打ち出しているが、まさしく「絵に描いたモチ」であり、アタマがおかしいとしか言えない。私は消費税は10年後に10%程度にすべきだと思うが、それ以上上げることは反対だ。その理由はそれ以上の担税力は国民にないと思うからだ。即ち、中福祉・中負担といわれるものに賛成である。だから、余り消費税を上げないですむ、現行年金制度を基本とした「20歳台優遇政策」を主張しているのである。

 

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2009年2月17日 (火)

後期高齢者を廻る状況

 先日の読売新聞の記事にリンクして12/2の記事があり、後期高齢者の人で年収はわずかだが、預金が5千万あるという例が載っていた。世帯分離が殺到しているということも書いてあり、各世帯の収入把握には、納税者番号の導入が必要とするなど私の主張と方向性が同じものだった。

 今の制度では、分離課税資産の収入や世帯全体の収入というのはさっぱりわからないようになっている。これは公平性(フェアネス)の観点から非常に問題がある。

未婚の子(女子)と両親がいた場合、父親が死んだとき、多くの世帯の筆頭者は母親になる。子が50歳母親が75歳になれば、世帯主である母親だけの所得が保険料の対象となる。

ところが、男子の子であれば父親死亡時の年齢にもよるが多くは子が筆頭者になることが考えられる。同じように子が50歳になり母親が75歳になったとき、保険料は世帯主である子と被保険者である母親の合計所得で保険料が算定される。このケースで子が結婚した場合でも世帯主の親となることは多いらしい。子が生まれれば三世代家族となる。

 上記女子の場合は結婚して家をでることが前提となっているからそうなるのだが、この女子の年収が何百万あろうと、母親に所得がない(老齢年金168万以下、あるいは基礎年金に加えて夫の遺族厚生年金)などの場合は、8.5割軽減となる。もちろんこれが男子であっても、世帯主が母親であれば同じである。また、男女を問わず一度住民票を移し、その後戻ったときに、世帯主を自分と母親それぞれにすれば(世帯分離)たとえ一緒に住んでいても、子の所得は保険料の対象に関係ない。これは介護保険料や介護費用にも適用されるので、現在、世帯分離が流行っているのである。

 この件は読売の記事でもモラルハザードを指摘している自治体側の意見が見られたが、これはむしろ(世帯)制度の欠陥とみるべきだろう。後期高齢者制度は無闇に軽減措置を追加してしまったから、すべての世帯で世帯分離ということになれば、900万人が8.5割軽減ということがありうる。来年度からは軽減制度が変わるようなので、事情が多少変わるが大きな変化ではない。老人を別世帯にすることは、心理的な抵抗もあるのですべてがそうなるとは言えないが、こんな曖昧なルールに基づいていたら後期高齢者制度・介護保険制度自体が悪くなくても批判が出てくるのは避けられない。

 

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2009年2月16日 (月)

後期高齢者の年収

 読売新聞記事に関連して2/13に211万以上の年金受給者が500万以上いてもおかしくないという推定をしたが、別のデータから考えると間違いらしいことがわかった。

 その推論は、現在の75歳以上の人口は1300万であるが、男子は450万しかおらず、多額の年金はほとんどが男子が受給している以上、500万になるはずがない、というものである。更に男子450万のうち、100万人は年金100万円以下、年金100万から210万円以下が100万人、残りの250万人が211万以上と推定され、女子と合わしても、280万人程度しかその額の年金はもらっていないと思われるのである。

 前回の推定の中では、世帯分離していない家族の老親が所得割の5割軽減に達していない場合が抜けていた(すべてそれ以上と考えていた)。均等割は世帯主の所得が被保険者の所得に加算されて軽減されるかどうかが判定されるから、後期高齢者に所得がない(年金収入153万未満)場合も5割軽減にも該当せず、均等割の8.5割軽減にも該当しないことが起こる。親一人と子の家族、両親と子の家族、三世代家族、のうち世帯分離していない世帯はすべてこのことが考えられる。未婚の子供以外では世帯分離のケースも多いと思われるが、先に除外した被扶養者であった200万人に加えて、さらに200万人程度がこのケースに該当してもおかしくない。そうすると年金211万以上というのは300万人くらいと考えてもおかしくなくなるのである。

 後期高齢者の年金額については、サンプル調査の他には詳しいデータがない。そのため実態を知るには、傍証から詰めていくことを強いられる。そのため余計な回り道をしてしまったが、要は実態を探り当て、それに基づいて正しい政策を考えることだから、いつでも反省は必要だ。

  

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2009年2月13日 (金)

リバースモーゲージ(毎日新聞記事)

 昨日図書館で読んだ毎日新聞に標題についてのものがあった。大変参考になった。自宅の土地を担保にして銀行から金を借り、死後には土地は銀行のものになるやり方だが、借り出した金の利息はその年に払う必要があるらしく、その金額は結構負担になる感じである。もちろん評価額が借用額を下回ってはならないので、その塩梅もみながら借り出すようになっている。小口は東京スター銀行が一番多いらしい。

 70歳くらいのご夫婦のモデル月間収支が載っていたが、ちょっと見には税・国保の額がかなり高いのがみてとれた。275千の支出のうち、5万円弱になっている。その他の支出も老夫婦の割には多目のような気がした。月4万円の借用金が本当に必要なのかイマひとつ納得感がない感じだった。つまり、切り詰めている感じがしないのである。不祝儀が増えているとはいえ、交際費年30万弱は多すぎるだろう。借金して香典を払っているのである。まあ、人それぞれだが。

 読売の昨日の記事のうち、企業年金の話しは私の理解に間違いがあったようだ。企業年金の補てん基準を緩和するというのが、正しいようである。訂正させていただく。

 もう一つの後期高齢者の年金額の話しだが、均等割の方には後期高齢者でない世帯主の所得もカウントされるので、以前被用者保険の被扶養者になっていた人などは8.5割軽減に入っていないことがわかった。現在、世帯分離によって多くの世帯が保険料逃れに走っているようだが、それは別とすると、当初その人たちは約200万いたから、211万以上の年金受給者は500万程度と考えられる。但し、これは世帯主だけでなく配偶者の場合もある、ということだ。

 これくらいであれば納得感はある。

 

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読売新聞の記事(後期高齢者制度他)2月12日

 この記事は現在の減免の対象になっている人たちの年金からの天引きが10月から再開されるというものだが、その中に、その対象者数が均等割8.5割軽減470万人所得割5割軽減90万人という数字があった。一部重複しているので550万くらいが年金210万以下だということを示している。

 ということは、無年金者や生活保護者を考慮しても、残りの700万人ほどが、211万以上の年金をもらっているか、その他の所得があるということになる。しかし、これはちょっと私の実感とは食い違っている。いくら私でも、後期高齢者世帯主の半分以上が一人で211万以上の年金をもらっているとは考えられない。しかも、遺族厚生年金や経過的寡婦加算は所得に算入されないのだから、軽減を受けている人の中にも、もっと多額の年金収入があるケースも多いのである。

 いくら考えてもわからないので、別の記事の話し。

厚労省は企業年金の積立不足の埋め合わせを3年程度猶予することを検討するという記事があった。大賛成である。2000年くらいから強いられた時価会計で、退職給付債務のバランスシートへの開示のため企業はひどい目にあってきた。企業年金への補てんもその流れで起きたが、企業年金の不足額が問題となるのは、当該債務の対象者が全員退職するというほとんど可能性がないことを想定している。もちろん、それを1年で埋め合わせるのは無理だから、10年とか15年とかで消却しているが、今回その年限を猶予するということのようだ。

 GMのように本体がなくなれば、年金などの企業による社会保障も危なくなる確かに、日本の場合はそういうことのないように企業年金法が考えられているが、まだまだ、過去に約束した給付額を賄うまでには時間が必要な状況だ。ここで企業が破たんしたら、法律の趣旨も意味をなさなくなるのだから、それなりの援助措置は当然必要である

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2009年2月12日 (木)

「団塊悪者論」を構成した一つの素因

 高原基彰という人の「不安型ナショナリズムの時代」という本を300円で先週手に入れた。76年生まれの若手がどういう論旨を展開しているのか興味があったのだが、特にこれといって魅力ある考え方をしているようには思えなかった。ただ、2、3年前まで隆盛していた世代論や団塊悪者論への批判的視点は悪くないと思う。

 ところがその高原でさえ、団塊世代への憤懣やるかたない心情を吐露しているのを見て呆れてしまった。1960年に生まれた連中が四十になったのは2000年だが、その前後から60年代生まれの論者のメディアへの露出が増えた。それだけの力量が備わってきたというのが理由であろう。それはそれでいいのだが、その中には団塊世代への故なき論難が多く含まれている。それが未だに広まっているらしいのである。

 そのやり方の一つが「全共闘運動」にシンパシーを感じていた一部の者たちが、団塊世代の代表であるかのような議論をしていることだ。「大学を破壊したものたちがその後企業戦士となった」というような言い方だ。昭和21年から24年に生まれたものたちは1千万くらいいたが、このことばに当てはまる者たちは、2、3万人もいない。範囲を広げて法曹界、マスコミ、大学や高校教員、公務員などに就職したものを入れても、10万人にもならないだろう。1%の者たちへの論難を世代論にしてしまうのは、三浦展のような根拠のない断罪をするのと同様、全く意味のない行為としかいえない。

 考えられるのは、論難者たちが大学の中の団塊世代の存在(鬱陶しさ)をそのまま「社会の中でのもの」と思っているのではないかということだ。弁護士や大学教員などはまだまだ現役を張っていられるが、民間企業では10年以上前からリストラにあっていたのも団塊世代だった。また、半分以上を占める女性たちの多くは、別に今になって定年を迎えているわけでもなく、世代論の対象にすらなっていない。第一高原がいうような「専業主婦」になったのは、団塊の女性たちだけではない。もちろんそうならなかった者たちも多い。更に「生活保守主義」の何がいけないのかが明白でない。こういう「大学のときは過激派だったのに80年代からは消費生活にどっぷり浸かっている」というような非難は仲正昌樹や宮崎哲也もしているが、自分たちがやっていることと引き比べてみれば、そんなことは意味がない「僻み」だということがわかるハズだ。

 今後はこうした非難も薄れていくだろうが、彼らの書いたものは残るから、彼らたちより若いものたちへの悪影響が懸念される。

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2009年2月10日 (火)

年金標準報酬月額改ざん(久し振り)

 今日の日経朝刊で中間報告が発表されたことを知ったのでネットで見てみたが、午後7時ごろになって朝日のネットニュースに初めて詳しく出た。日経の記事は何だかわけがわからないが、朝日の記事は大変明解だった。

 現在戸別訪問が続けられているのは、60歳以上の人たち2万人が対象。改ざんが強く疑われる69千件のうちである。4月から、全員を対象に標準報酬月額を示した文書を出すことになっているので、受給年齢に達していない49千人については、個別訪問はしないのだろう。

 2万人のうち、11月23日までに7790人の訪問を終え、その結果が発表された。訪問対象者の7割は事業主・役員で従業員は3割だけ。55%が事実と違うとしている中でその内の47%が訂正を申し立てたいとしているらしい。その数は2013人くらいということだ。この比率を69千人に適用すれば、18千人ということだ。

 ところで、第三者委員会の斡旋案件では、「改ざん事案」が全くでてこない。これは当事者がそのことを知らないからという理由であろう。その代わりに、いわゆる「遡及脱退」(遡り廃業による被保険者期間の短縮)は結構多い。処理を終えた5万件の中で1%くらいはある感じだし、当事者だけでなく他の従業員にも関係するので、数千人は被害を受けているようだ。

 「改ざん事案」は4月以降に申し立てが増えるのだろうか?恐らくそうだろうが、どれくらいの規模になるかは簡単には推測できない。受給年齢に遠い人たちはあまり関心がないから、殺到することはないような気がする。しかし、既にどの事業所が関係したのかはほとんどわかっているのだから、そういう案内を出すのが当然だろうから、そちらからの調査結果を社保庁に求めるべきだろう。つまり、疑惑事業所単位の調査ということである。

 いずれにしろ、「改ざん」に社保事務所が関わったのは間違いないが、その問題とは別に被害の範囲を至急限定することも重要である。政局絡みで大騒ぎする民主党の意向に反して、段々問題の実相がわかってきたようだ。少なくとも何十万人が改ざんされたなどということはあり得ないだろう。但し、事業主が多少少なめの報酬を届けていたなどのケースはそれくらいの数はありそうだ。だが、それは従業員も知っていたということになり、この問題とは別である。(第三者委員会ではこうしたケースは退けられている)

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2009年2月 4日 (水)

金融資本主義を否定すれば日本はよくなるのか?

 昨今の小泉・竹中改革の否定論議をみていると、抵抗勢力の巻き返しとそれに悪乗りした政治家の世論迎合が感じられる。しかし現在でも、郵政民営化について都市住民にアンケートを取れば、圧倒的に支持されるのは間違いないのに、あたかも、もはやそれが支持されていないかのような”風”に政治が支配されている。その元凶は民主党である。現政府はそれほどバカではないので、曖昧な態度を続けているが、鳩山などの目立ちたがり屋が麻生の意を汲んでちょっかいを出している。

 郵政民営化は”金融資本主義”の結果なのか?そんなことはないだろう。私は東京の市部に住んでいるが、この地区にも田中角栄に始まる経世会の政策により80年代から特定郵便局が無数にできた。中には住宅地域内で、自宅兼用の世襲できるようになったものもある。確かに家の近くにできれば便利であると思う人もいるだろうが、何かおかしいと感じていた人も多いはずだ。その結果が郵政選挙に現れたのである。

 また、近くの多摩川にかかる橋も、40年間で倍以上の数になっている。確かに便利にはなったが、本当に必要なのか疑問を感じている。

 こうした自民党政治を小泉は否定して見せ、それが支持された。ヒズミが出ているのであればそれを手当すればよいのに、根本から間違いだったという論調が目立っている。困ったことだ。

 たとえば「会社は株主のものだ」という思想は、4、5年前は力があったが今ではその面影はない。だが、その思想が100%間違いであったという人も、当たり前ではあるが一人もいないだろう。株主が一定の影響力を持つのは今では当然であると思われている。しかし、支配株主になれば何でもできるという考えも正しくないし、その正しくないという考えにもとづいて、企業統治が行われねばならない。

 レバレッジを利かしている投資ファンドでは短期間で利益をあげなければならないという与件がある。ところが、会社経営を行っている人間は、すべてのステークホールダーがハッピーになることを第一に考えるが、時間の尺度は株主によって定められるものではありえないのである。ここに投資ファンド側とそれ以外の利害関係者との認識に食い違いが出る。それをすべて投資ファンドの方が正しいとするのは、明らかに間違いだった。

 そのような「濫用的運用者」を否定(規制)したことによって、日本は、今回の「バブル破裂」の金融被害を少なくできた。しかし日本の景気は盛り上がりが少なかったし、盛り上がっていた欧米に(アジア経由も含め)輸出することでかろうじてGDPを維持してきただけである。

  これからの数年は厳しい状況は続くが、一定の限度で規制は緩和し、外資のみならず若手ヴェンチャーの起業を更に促進すべきである。票が欲しいばかりにわかりやすい言説に偏る政治家やアホばかりのマスコミに厳しい目を注がねばならない。一方でそうしたマガイモノの言説に幻惑され続けている世論も批判しなければならない。

 

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2009年2月 2日 (月)

年金物価スライドのツケが解消されないのは納得できない

 厚労省は年金改定率に使う「名目手取り賃金変動率」が1.009であると発表した。18年、19年,20年は基礎年金法定価格が778600円だった(19、20は改定率1.00だった)が、21年度は、改定率が1.009になり法定価格は785600円になる。(物価変動率1.014と名目手取り賃金変動率がともにマイナスでない時は小さい方を選択)

一方では特例物価スライドに基づく従前額の方の改定はない(物価が下がったときだけ引き下げる)ので、792100円。この二つの差は6500円となった。

 この6500円が解消されるまで、従前額が保証される。従前額は物価が上がってもあがることはないので、いずれは逆転するだろう。しかし、08年のようなことはしばらくないだろうから、物価の状況と賃金の状況によっては、アト10年間逆転しないこともありうる。

 平成16年の改定でマクロ経済スライドを考えだしたとき、このような状況が続くとは誰も考えなかったのではないか?本来(平成14年以前)であれば、1.7%の物価上昇が18,20年度合計であったのだから、チャラになっていいはずである。1月22日の記事はその理解で書いたものだが、法令上はそうなっていないことがわかり、その点は訂正しなければならないとはいえ、納得感はない。つまり、この改定率を1.7%の埋め合わせに使うことの意味がはっきりしないのである。

 厚労省を初めとして「改定率」を算定するのに必要な「名目手取り賃金変動率」の採用自体は「マクロ経済スライドではない」と言っている。しかし、従前の物価スライドとは異なって、全厚生年金被保険者の標準報酬額を使った実質賃金変動率や、厚生年金保険料被保険者負担分を使った可処分所得割合変化率を掛け合わせ、「名目手取り賃金変動率」を算定しているから、準マクロ経済スライドが適用されていると言っていいはずだ。多くの解説書は調整期間に入った後に適用される、公的年金被保険者数変化率と平均余命の伸びを勘案した改定率及びスライド調整率の適用をそう呼んでいるようだが、この区別がはっきりしない。

 それは別としても、「名目手取り賃金変動率」によって、実際の基礎年金額等が影響を受けてきており、実質的には21年度以降の年金額に影響することとなった。その意味は、1.7%が解消されたのに依然として年6500円高い年金を支給し続けることになったということだ。賃金や所得に関連付けて年金額を調整することはよいのだが、それが、1.7%の解消にも使われたためこんなことになってしまった。

 今回の”事件”で、1.7%の解消がされなかったことを厚労省は何と説明するのだろう。「法律にそう書いてある」としか言えないのではないか?専門家を別とすれば誰でも「物価が1.7%上がれば解消」と思っていただろうから、キツネにだまされた感じだが、受給している老人たちには嬉しいことなので、政治問題化はしないのはハッキリしている。しかし、それでいいのか?一人6500円でも2000万人の受給者には年1300億円を余計に支給しているのである。

 前にも言ったが、95年に65歳以上であった現在78歳以上の人たちは、優遇されすぎている。その後に続いたご老人たちも、95年の大判振る舞いの恩恵を受けてきた。平成16年改正ではそれを是正することになったのだから、一刻も早くそれをやるべきである。年金でできないのなら、配偶者が死亡して5年以上たった65歳以上の妻の受給する遺族年金に課税したり、公的年金等控除を20万引き下げたりすればよいだろう。その根拠は、現在の老齢層には十分な年金、及び金融資産・その他資産があるということである。景気対策から言っても年寄は欲しいものがないから貯め込むだけなので、そこから引きはがし、若年層に援助すべきである。

   

 

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