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2009年3月

2009年3月 5日 (木)

定額給付金批判に対する疑問

 定額給付金が支給されることになった。今でも反対論が渦巻いているが、私には反対する論拠がいま一つはっきり見えない。これは理不尽な論調に世論が動かされているということで、非常に恐ろしいことだ。

 「バラマキ」だ、という批判がある。票を金で買うのと同じだ、というものもあった。経済効果が費用の割に薄いというのもあった。後者の方は、だんだん声が小さくなっているが、「バラマキ」というのは野党が困るという意味なのであろう。自公に有利になるからということ以外に理解する方法がない。公明党、社民党、共産党などの支持基盤は交錯していて、自分たちが主張していた政策をやられてしまっては立つ瀬がない、ということだ。唯一、財源がないのにそんなことを与党がするのは選挙対策だ、という批判はうなづけるものだが、その点を中心に批判をする野党はだれもいなかった。

 だから、もっと他のことにつかったらどうか、という批判が未だに続いている。自公に言わせれば他のこともいろいろやっているということだが、財政出動による景気刺激や雇用対策ということについては合意があるといえるかも知れない。

 しばらく前、電通の子会社が行った中高生へのアンケートの結果をいくつかのマスコミが報じたことがあった。アンケート自体は子供向け商品に関連する人たちには関心がないこともないという程度のものだ。定額給付金2万円がはいったらどう使うか、というものである。

 このアンケート自体の前提がおかしいのは一目瞭然である。定額給付金は親がもらうもので子供に渡す親などほとんどいない、と考えるのが自然であろう。だから、1万2千円でなく2万円なのである。子供にとってみれば、親からもらえるかどうかわからないものの使い道をきかれてもわかるはずもない。

 それに輪をかけておかしいのは「朝日」をはじめとするマスコミが、「中高生は半分しか使わないから、経済効果も疑問」というような報道をしたことだ。これはダブルで読者を騙している。半分でも使えば効果はあると考えるのが当然なのに、予定した結論に導いていた。つまり、当初の頃にあった「経済効果はない」という経済学者の主張を補強するかたちをマスコミはここでも作っているのである。

 これだけ景気が冷え込んでくれば、経済効果は高いと考えるのが自然だろう。学者やマスコミが半年後にどういうツラを見せるか、興味津津といったところだ。

 

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2009年3月 3日 (火)

右翼論壇の実態を示す「諸君!」の休刊

 文芸春秋の「諸君!」が40年の区切りとなることで、廃刊になるようだ。理由は何であれ、売れていないということである。また、左翼論壇が崩壊した状況での存在意義も失ったということかも知れない。

 田母神問題以降「正論」、「WILL」は「夢よもう一度」と盛んにはやし立てたが、笛吹けど踊らずの状態が続いた。「VOICE」の場合は経済絡みが中心なので多少は傾向が違うが、しばらく経てば、世論ここにあらずということを知り、くだらない言説を載せるのはやめるであろう。つい最近、ヤフーの「産経」報道で「田母神氏へ講演依頼が殺到」というのを読んだが、これも恐らく(ウソではないだろうが)そうした思想傾向へのアシストを狙ったものだったようだ。

 田母神氏はしばらく前に「TVタックル」に出ていた。APAグループのCMもサンデープロジェクトで流されており、田原や朝日系列の「右翼」懐柔ポリシーが垣間見える。更に、田原は先日のゲストに西部邁と桜井よし子を出演させて「右翼」のガス抜きを行っている。

 確かに彼らの言論が追い詰められれば何をするかわからない、というのはわかる。しかし、中谷や姜を含め、これからの日本の未来を語らせるのに、この4人とは言葉を失うとしかいえない。もちろん右翼に「何かする」ような力はない。苛立ちが高じて、「銃弾送付」や「玄関放火」などをしているだけだ。

 「諸君!」に対しては私は一定の評価を与えたい、と思っている。しかし、昨秋の「田母神問題」での記事はいただけなかった。何とか廃刊を避けようとしたのだろうが、部数は伸びなかったのだろう。朝日のネット記事によれば実売4万部だという。この内、全国の図書館で1万部買っているから、記事に共感して購入しているのは2、3万人、ただ読み読者を入れて15万程度だろう。2、3年前までは図書館でこの種の右翼雑誌を読みたくても必ず誰かが読んでいた。ところが昨秋以降の状況は、ほとんど読める状態になっている。これでは「産経」ならずとも焦りを覚えて当然である。

 現在、世論の流れは「貧困ビジネス」に向かっており、これと右翼が結びつくことは金輪際ありえない。要するに彼らは自分の「矜持の根拠」を探し求めているわけだから「貧困者」に同情などするわけがないのだ。私が「現実のクーデター」などありえないというのはこのことを指している。そういう意味では田原の首も当分は切られることもありえないのであり、右翼に阿る必要などまったく無用ということだ。

 

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2009年3月 2日 (月)

派遣労働者とはどういう存在か?

 つい先日、定額給付金について意見を求められた「おばさん」が、「ハケンの人たち」に行き渡るようにした方がいいんじゃないか、というようなことを言っていた。年末からの大騒ぎでこういう認識が広まっているが、どうなのであろうか?

 現在、非正規労働者の代名詞に使われている「派遣労働者」は、120万人程度いたが、製造業への派遣を中心に削減され、100万を割ることは確実と考えられている。そのうち、派遣労働者の健保には50万人程度が加入していた。その実態はよく知らないが、普通に考えれば、ある程度安定した職業生活を送っていたということは窺われるところだ。つまり、半分以上の派遣労働者は、労働条件が極端に悪いなどということはないのだ。

 一方、「非正規労働者が1700万人」「労働者の3人に1人」ということもよく言われる。93年からの変遷を見てみると、「派遣・契約・嘱託・その他」は200万から550万になっているが、パートは550万から850万、アルバイトも250万から350万(合計誤差50万)となっている。「派遣」は確かに増加率が高いが元の数が20万程度だったことを考えれば特に問題ではない。「契約・嘱託・その他」も250万増えているが、最近の傾向は「どんどん増えている」というわけでもない。契約社員や嘱託には定年後の人たちも含まれるから、若年の契約社員はそんなに増えてはいないだろうと推察される。

 パート・アルバイトの増加は主婦層の就業の増加や高校生の就業、大学生の数の増加が考えられる。もちろんそうした人たちを雇う産業(コンビニ・外食など)の隆盛も考えられるが、それ以外の層(本来はフル勤務就業すべき層)の存在も小さくはないだろうと推定でき、そこには、解決すべき問題が存在していることも明らかである。

 第一の問題は、子供のいない主婦であっても、夫の税金や会社の扶養手当、更には自らの社保加入問題(保険料負担、健保厚年)があるため十全な能力発揮がなされていないということである。もちろん働く側にもまだまだ甘さがあるが、働く意欲があってもそれを掣肘することは、労働力利用の面で著しいマイナスで、早急に改善すべきである。前々からこの問題は言われてきたが、未だに103万とか130万の上限を気にしてセーブしている状態だ。年金については老後の年金が増えるので考えようもあるが、健保は単純な持ち出しになるから、尻込みしてしまう。

 そこで私の提案だが、夫の所得より低い所得の主婦には、夫の所属する健保(国保以外)から妻の所属する健保に援助金を取り保険料を半額くらいにするようにしたらどうだろうか?(夫が国保のときは、妻も均等割を払っておりこれをやめるので不要) 妻の年収が200万でも、協会けんぽでは本人負担が8.2万あるがこれを半分にするということ。4.1万は夫が属する健保に請求するということである。事業主負担は変わらない。夫の健保も妻の医療費が出ないのだから、文句はないと思われる。

 第二の問題は小さい子供のいる主婦のことだが、こちらは、様々な援助が必要ではあるが、基本は母親の選択肢を増やすということだ。

 一方、学校を卒業しても、コンビニなどでそのままパート勤務を続けて30歳を過ぎる人がかなりいる。ひと頃は「フリーター」と呼ばれていたが、これは死語になった。このことには、その労働形態が望まれていないことが歴然としてきたからという理由がある。今では「フリーター」で20歳台を過ごしたいという未成年者はほとんどいない。その意味で言うと「ニート」になりたいという未成年者は最初からいなかった。「ニート」は結果であって、目的ではなかったのだ。

 年長フリーターの問題は雇う側にも問題が多い。昨年は店長職の残業代の問題などが数え切れないくらいあった。秋からの派遣問題で消えてしまったが、年長フリーター問題を考えればその方向でもっと世論が盛り上がってもよかったものだ。彼らは簡単には別の仕事を考えれないだろうから、業界ももっと優遇するように動くべきであろう。

 このように「非正規労働者」の問題には様々なものが複雑に作用している。簡単に「派遣労働者はすべて不幸」などと言えるものではない。共産党や湯浅の戦略が効を奏して冒頭の世論が蔓延しているが、ちょっと考えれば、それは一面の見方だということがわかるだろう。第一、新たな産業、企業の活動=富の創造がなければ、賃金をもらう労働者も生きて行けない。下手をすれば「日本国民はすべて不幸」になりかねない。国に無限の富があるとおもったら大間違いだ。なんで左翼の連中はこんな愚かな思考をやめることができないのだ。しかも、国に出費を押しつけておいて消費税は反対、法人税を増やせなどと言っている。そんな単細胞の考えでは、到底世界とわたりあって行くことなどできないのは明白だろう。

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